2009年10月1日木曜日

身近な風景 見送った後・・は

          水平線に沈む夕陽・・・一日の終わりを告げます。
「親無しっ子」・・わたしも連れ合い二親(ふたおや)見送りました
連れ合いは今、「キツソウ」です。
50歳も半の、順から行けば「親を見送る」ことが出来ただけでも
ありがたいことです。
これこそ「親孝行」のナニモノでもないと思います。
わたしは16年ほど前、そして3年ほど前に親を見送りました
16年前の見送りのときは幸か不幸か「子育て真っ最中!」。
日常の時間の流れに乗って、極力「親を見送った」ということを
避けていた感じでした。今思えばですが。
さすがに3年ほど前の見送りの時は、これで「」が「居なくなる
「居なくなった」という自分の「寂しさ」にドップリはまり込みました。
二親(ふたおや)「見送る」、「見送った」、「見送ってしまった」
という感情は確かに「キツイ」です。

連れ合いは27年前に親を見送り、そして今回。
やはりこれで二親(ふたおや)が「居なくなった」という感情が
今胸中に渦を巻いていると思います。どう対処するか、
慰めも何も要らない。連れ合いも自分で自分の
気持ちの整理をし、納得させなければいけないのです。

わたしも思い出話には付き合います。
(でも慰めが何にもならない・・・?確かに「キツカった」です。
未だにその「キツ」は時々起きます。
わたしは3年前にそれを学びました。他の人は慰め・励まし
親を見送った悲しみ・寂しさから抜け出す手助けになるやも
知れませんので、あくまで私自身のことです。)
そして連れ合い自分でそれを越えて次の日を迎えるのです。

いっぱい、いっぱい思い出話をしましょう。
子供たちが巣立った50半ばの夫婦二人。
今夜も晩酌にお付き合いして、お互いの「親」の
思い出話をしましょう。チビリチビリと飲みながら
親の思い出話をしましょう。


乗り越えて次の日を迎えると・・・我が家には
新しい命の誕生という「日の出」がすぐそこに来ています。
これもまた生命の不思議さ・・・

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