2017年9月30日土曜日

〇しい・・・(身近な風景)

プードルの毛のような雲。
羊の毛かな?
朝の空はきれいだった。
真っ青なキャンバスに刷けた雲。

空の下にはかくれんぼしているカマキリみぃつけた。

緑のマットに緑のカタバミと緑のカマキリ。
お尻をツンツンしたら気に障ったようだ。   あたりまえよねぇ。
戦闘態勢を取った。

今日で9月も終わる。
10月、11月そして12月。
一番長くて、頑張っても後3か月でその生命を終える。
知っているのかなぁ?
カマキリ自身は知っているのかなぁ?



「先の事なんか考えて鬱鬱しても・・いいお天気の下、お散歩しましょうよ。」

おっとっと、そこは無理でしょ。
滑って登れないでしょう。

いやいやど根性見せてくれた。

      あなたも上ってみなさいよ!!         って?


午後から風が強くなり、
只今、雷鳴鳴り響いた。
雨粒が当たり出し・・・・かまきりはどうしたのか?
どこかで雨宿りかな?

雨が本降り、風が強くなって雷鳴が続いている。

  追記:なぁんだ、「本降りの雨か」と思ったら、ゴロゴロと鳴る雷が連れ去った。
     あっという間の通り雨。通り雷。 16:58


2017年9月28日木曜日

本音で生きたいさ・・・(身近な風景)

「女の一生」・・・モーパッサン

修道院も子爵も伯爵も全く縁遠いこの国の現代。
自分の人生には全く関係ない。
ましてや今流行り(?・・・神代の昔からからあった)の不倫なんかも。
自分自身の人生においては自分がヒロインだけれど、
映像に映し出される、あるいは小説に描かれるヒロインとはなりえないけれど、
自分なりの自分だけの人生「女の一生」。

ここまで過ごした時間の引き出しにはあれこれ一杯。
言葉にしたら、文字にしたら
「楽しいこと」
「うれしかったこと」
「悲しかったこと」
「大変だったこと」と簡単にできる。

でも、 その時に伴った気持ちの上下左右渦巻きなどの揺れ動きは
なかなか言葉・文字として表現できない。
    これはただ単に、わたしの表現力のなさともいえる。

そんなわたしのこれまで過ごした時間のうち、自分の中で繰り返し言える二つ。

「得も言われぬ幸福感に包まれたあの日のあのこと」。

そして振り返ってみて、「あぁ、そうなんだ。これなんだ」って心底
「楽しかった時間のあの日のあのこと」。

もう二度とその二つの感情は自分の中で起こらないだろうと思う。

見栄張らず

羨まず

自分の奥底にある

言いたいこと

言えたらいいのに。

返事なんかいらない。

同情も

的外れなアドバイスもいらない。

ただ

ただ

今の自分の気持ちを言葉飾らず吐き出したいだけ。

人って

言葉って

時間がたつにつれてどうしようもなく飾り立ててしまう。

別に「いい人」でいなくていいのにね。

別にいい「いい人」と思われなくたっていいのにね。

汚い言葉
激しい言葉
みんな自分の胸の中だけでため込んで。

口から出る言葉は、見栄張り。
弱気を見せず、
わたしは大丈夫   って。
「苦しい」の一言が口から出ない。

自分で終わりにする術が見つからないだけ。

自分で終わりにする勇気がないだけ。


終わってもいい人生と思いながら、不調をメンテナンスして、
なんか矛盾しているなって思いながら。

今日も生きている自分がいた。


と書きこむ私のページは何処だろう。






☆頂いたコメントの返信

*りんママさんへ
  そうですね、気持ちを切り替えて・・・
  笑顔で過ごす時間ですよね。
  一度っきりの人生、「楽しまなくちゃぁ」ですよね。

  最近の早朝散歩、外が暗いです。
  猫にも会いません。
  うさこにも・・・・いりわけないか・・・あははは
          (2017.9.30 4:27 追記)

2017年9月27日水曜日

パステルブルー・・・(身近な風景)



6:23


5:34  昇った朝日が雲に隠れている。

目を転じてみれば、パステルブルーの空と白い雲。



真夏のような強い青さでなくやさしい青さ。
フンワリ浮かんだ白い雲もなんだかほっとする。


一昨日に連翹の木をのこぎりでギコギコした後遺症か、
昨日は午後あたりから首から肩・肩甲骨あたりにけだるさと筋肉痛。

おまけに、昨日おふろはいるときに気が付いた虫刺され痕・・・たぶん。
痒くて思わず掻いた・・・・。
  パステルブルーじゃなくてダークブルーの気分。
なぜこんなところに虫刺されが????
「連翹の木をのこぎりでギコギコ」の時はもちろんスラックスを履いていた。
年中スラックスで、真夏でもない限り膝小僧出すなんてことない。
それに、「連翹の木をのこぎりでギコギコ」した晩に風呂に入るときにはなかった。

ということは、「今日?」(すでに昨日になっているけれどね)
何処で刺されたんだろう?
やぶ蚊が家の中に入り込んでいるのかしら?

あぁ、カユカユ。かゆい。
お風呂に入って温まったせいか痒みが増したような。

   

もっとも、お風呂に入るまで、スラックスを脱ぐまで
痒さも感じなかったという「鈍感さ」も同居していた。

今晩から雨らしい・・・・・昨日は結構日差し強かったし気温高め。
               今日も気温上がりそう。

2017年9月26日火曜日

「ごめん」といいながら・・・(身近な風景)

「ごめんね」と言って、木を一本切り倒した。

連翹。

雪をかぶった連翹


春、芽吹いた連翹。


夜をバックの連翹。




毎年きれいな黄色の花をつけてくれた連翹  レンギョウ。

剪定しやすいように、高さ2m弱に保っていたんだけれど、
最近とってもこの連翹が気になって仕方なかったっけ。

最初はまぁるい形に整えてきたはずだったけれど、何せ素人植木屋。
なかなか思うような形に剪定できなくて。


根元からは間引いても間引いても新芽が伸びるし、

地面の下に延びているだろう根っこばかり気になってきた。
根を伸ばし生命力たくましく、そこから新芽を出してくる。

お神酒とはいかなかったけれど、御礼と清めのつもりで清酒を一振りした。
ごめんね、ごめんね。といいながら、思い切って切ってしまった。


のこぎりがうまく扱えず、根元から切れなかった。

根っこを掘り出せばいいのかもしれないけれど、それは無理。
とりあえず、根元から30~40cm。

本当にごめん。

連翹にしたら、「なんでわたしなの?」
         「椿も金木犀も卯の花も満天星つつじも木瓜だってあるでしょ?!!
          南天なんかもあちこち出ているじゃないの!!なんでわたしなの?」って。

うぅ~ん・・・・ごめんとしか言いようがない。

25年くらいになるのかな?

楽しませてくれて「ありがとう」
でも、このまま根っこを残していたらやっぱり新芽出すよね。
ということは、後は〇〇〇〇だね。
本当に、本当にありがとう。そしてごめんね。

     連翹も「いのちの電話」を掛けたかな?????

スカイブルーセージが見ていた。   
咲き残っているホットリップスも見ていた。


2017年9月25日月曜日

いのちの電話・・・(身近な風景)

いのちの電話。

ホットライン。

知ってる?

今、全国にあるでしょう?

そう、「いのちの電話」。

人間だけでなく、犬も猫も熊も鹿もイノシシもみんなみぃ~んな

    「もしもぅ~し・・・」って電話かけられたらいいのにね。

いのちの電話・・・・フリーダイヤルだったらどんなに助かるか。って人多いと思う。
        どこかにきっとつながる。

「もしもぅ~し・・・あのね」 (MS PHP より)


見上げた空。


見上げた空、視界の半分は黒い雲。

ゆっくりゆっくり流れていく雲。


ゆっくり流れる雲が作った穴。

青い空がのぞいている。

黒い雲が勝つのかな?


黒い雲が流れて行ったら、穴からのぞいている青い空が広がる・・・・のかな?

じっと目を凝らす。



雲の流れを目で追ってみる。






黒い雲は流れて青い空が広がってきた。

空に広がった黒い雲も待っていれば流れていく。

青く澄み渡った空も黒い雲が流れ込んでくるときもある。


達観し、悟り(悟り世代という意味ではなく仏教用語の悟りの方ね)の日々を送るには
「自己中」のわたしにはまだまだ。

「チャツボミゴケ公園」の坂道でスっ転んでできたすり傷も、
時間がたてば・・・・ほらね、「治る」。


      滅菌済みの防水フイルムを貼ると治りも早い。

何事も時間がたてば、時間をおけばと思いつつ、
「治らない」ものもあると知る現実。
もどかしさ覚えながら、時には偽善じゃないかって自分自身をのぞいてみたりもして。
それでも目覚めた今日一日を「どっこいしょっ!!」とスタートさせる。



今朝もお日様は昇ってきた。