2016年6月11日土曜日

ポックリと長靴の思い出・・・(身近な風景)

   昨日の続き


りんママさんから頂いた「蜜蝋」で、子供のころの思い出に浸った時間。
蜂をトンボだといって捕まえてきた話のほかにもね、
母親が言っていた話があるのを思い出しました。
わたしの記憶の引き出しには入っていません。
母親からの話です。
☜(民芸用)


子供のころ住んでいたご近所に「下駄やさん」がありました。
お祭り近くにね、「ポックリ」を新調してもらったらしいのです。
わたし自身の記憶では、「お祭り」は着物を着せてもらっていました。
振袖です・・・・夏は浴衣。
浴衣は下駄。
「ポックリ」ということは、春祭りか秋祭りだったのかしら
                  (わたしの写真ではありません。検索のポックリの画像から拝借)
母に確かめようがありません。
新しい「ポックリ」がうれしかったんでしょう。
足慣らしに履いて出掛けたようなのです。
帰ってきた私は「裸足」。
「ポックリはどうした?」という母の問いに
「うまく歩けない・・・
だから、川に捨ててきた!!」
母親、あきれて開いた口が閉じないどころか、開いたまま。
 鼻緒も新しく足になじまないし、バランスを取れなく、
 足首捻り加減になっていることを言ったのだということでしたが・・・
自分の記憶から消した出来事・・・・小学校へ上がるかどうかのころ。


いまひとつ。
これは鮮明に覚えています。
化石堀に夢中になったころ。
貝化石・・・山を切り崩す工事が始まって、化石が見つかるという話。
工事の休みの日は、子供たちがいっぱい『ホリホリ』。
今ほど何もかも「安全対策100%」なんてことありませんでした。
空き地があれば入り込んで遊ぶ。
製材所の乾燥のために立てかけた木材の間を潜り抜ける。
「そっちはだめだぞ!!」
「気をつけろよ!!」
「じゃまだ!あっちへ行ってろ!!」と、言われながらも駆けずり回った子供のころ。

時代も違うから比べようはないけれど、あのころは子供自身が、
『危ない』『だめなんだ』ということを無意識に認識していたような気がします。
木材の下敷きになった子供もいませんでしたし。
どの子も駆け回り這いずり回ったので膝小僧の擦り傷は耐えませんでしたが。

おっと、貝化石の話に戻します。
「こんな山になぜ貝殻の化石があるのかなぁ?」と思いつつも、
少しでもほかの子より完全な貝化石を掘り出そう。
他の子より大きな貝化石を掘り出そう。
他の子より違う形の貝化石を掘り出そう。
せっせ、せっせと掘っていました。
そこは粘土質。
雨上がりの後はぐちゃぐちゃ。
長靴履いて・・・ズブズブ沈み込む。
足が抜けなくなる・・・・田んぼか底なし沼のよう。
ズブズブズブ。


そう、長靴履いていた私の足は埋まりこんでしまったのです。
ねんどしつなので、ギュッとしまってきます。
長靴からも足が抜けなくなって・・・子供心に「どうしよう」
傍にいたみんなは自分のことでいっぱい。
「よいしょ、よいしょ」っと、何とか埋まりこんだ長靴から足を引き抜けることができました。


わたし、片方の長靴、それも泥だらけの長靴を履いて片足はまたまた裸足。
家に向かって歩いていたら、夕食の買い物帰りの母に合いました。
泥だらけのわたしを見て
「どうした?何をしていた?長靴は?」
「泥にはまって抜けなくなったからおいてきた」と、わたしは答えました。
ここでうちの母はまた、いいえ、今度は閉じた口が開かなかったようです。
怒られた記憶がないのです・・・
都合の悪い記憶は消したか、引き出しの奥にしまいこんじゃったのでしょう。


貝化石、一つも手元に残っていません。
あの長靴はどうなったんだろう?
                    ☝ 当時の長靴ではありません。
                      年甲斐もなく、草取り・水やりの時に履いているものです。
                      足のサイズが小さいので長靴は子供用でもOK ( ´艸`)




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