
21日 7:16
伯母が98歳の天寿を全うしました。
ここ10年、頻繁に会っていたつもりだったのだけれど、
夏に顔を見せったきりになってしまった…
「行こう、会いに行こう」と思っていながら、明日伸ばしにしてしまった。
わたしの名前を呼んでいたと聞いて、
「逝ってしまった」枕もとで、「ごめんね。来られなくてごめんね」って。
遺影は以前、わたしが撮った写真を使った。
その写真を撮った時、カメラを向けながら
「ばぁちゃん
(おばちゃんではなくばぁちゃんと呼んでいたのです)、
ほら、いい顔して・・・」と声をかけたら
「こんなばぁさん・・・・いい顔も何も・・・」と口をちょっとすぼめ、
それでも嬉しそうにはにかんだほほえみを浮かべたっけ。
「ばあちゃん、いい顔だよ」って、わたし言ったの。
撮った画像を確かめて、「ほらね、いい顔しているのが撮れたでしょ?」って
伯母に見せたら、
「しわだらけだねぇ・・・・」と言ったから、
「その歳だもの、しわがあって当たり前。」
「そうだねぇ、95にもなるんだもんねぇ。こんなに生きるとは思わなかったよ」。
「何言ってるの。この笑顔だったらもう一回お嫁に行けるよ。」
「嫁に行けるって?・・・・・おほほほほ」って、口をすぼめて笑ったっけ。
こんな会話をしたときの写真が「遺影」になりました。
ただね、残念なことに顔はそのままでも、髪と襟元から下の着物が
すげ替えられていたのです。
わたしが撮った写真では、髪が少々跳ねているから、
「出来るならばそこを少々修正してほしい」と
業者に言ったのは確かですが、首から下をすげ替えろとは言っていないのです。
何かすごく不自然な「ばあちゃん」になりました。
葬儀はそれで済ませ、仏壇に供する「遺影」は、
修正前のわたしの撮ったそのままにしようということになりましたが・・・・
だって、首から下は「ばあちゃんの好きだった小花を散らした青地の割烹着」。
その青地が、撮った季節(5月)の日差しの中で「ばあちゃんのはにかんだ笑顔」を
とっても素敵に映し出していたのですからね。
今は昔と違って「遺影」なるものも、かしこまって正面を睨みつけているようなものではなく、
自然な視線のポートレートとか、スナップ写真を「遺影」にするようですが、
スナップ写真だと、引き伸ばすとどうしても多少なりともボケてしまうようです。
そう、わたしも「遺影」をちょっと考える歳。
「葬儀」なるものに対して特別な注文はないけれど、うぅ~んと簡素化「葬儀」でいいし。
「葬儀」って、遺族になった者が気持ちに区切りをつけるものだと思うから・・・
生前本人が気に入った「遺影」を眺めて思い出話をしてくれればいいし、と。
21日 7:16
☟

22日 7:49
朝の空に見える月が、一日でこんなに欠けています。
ちなみに19日の朝の月はこちら

6:20

★頂いたコメントの返信
*チーママさんへ
お悔やみの言葉、ありがとうございます。
「ばあちゃんは」とってもかわいい人でした。
小さく小さくなってしまいました。
若い時の苦労、時代的には特別ではなかったのかもしれませんが、
一番堪えたのは、20年ほど前に一番下の子供が先に逝ったことだったと。
今頃はお空はとってもにぎやか・・・親兄弟・先に逝った子供に会っていることでしょう。
(゚ロ゚;)エェッ!? ままチンさんが「子持ち」に?
こりゃめでたい!!
うん?
チンチラですか?
なぁるほど。生き物大好き母娘。
掌に乗るくらいですか?温もり毛触りを想像しています♪
寿命も長そうだし、『ご縁』でしょうかねぇ。
子育て頑張ってくださいとお伝えしてください。
りんちゃんとツーショットがみられるときもあるかしら?
(2016.10.23 5:16 追記)
*りんママさんへ
父は写真館で好きなスーツとネクタイ姿を遺影用に撮ってました。
でもね、いざ葬儀になったら、ネクタイの色が黒に変わっていて・・・
父が自分で選んだブルーのネクタイだったのに。
業者の「型にはまった」頭。・・・もう一昔前です。
葬儀モデルのように整い過ぎた髪に「ばあちゃん」もびっくりでしょう(〃´o`)
片付けなきゃぁと思いながらも、いいえ、片づけたはずがいつの間にやら
「使わないだろう」という物が占拠。誰がやるったんじゃなくて自分自身だから
不法占拠ではないようなのですが・・・(´ヘ`;) う~ん
(2016.10.24 4:41 追記)